演奏者インタビュー (2/2)

伊藤園子(リードオルガン奏者)

text by 鈴木りゅうた

『Reed Organ Hymns』は、体調などの兼ね合いもあり、実に3年に渡る録音期間を経て完成した。このアルバムの選曲はリードオルガンに衝撃を受けこの作品のプロデュースをし、作曲家/演奏家でもある荒木真が行なった。彼はこの作品のために1000曲ほどの楽曲を調べ上げ、音楽的に面白いと思ったものを選んだ。讃美歌は基本的にプロテスタントの音楽である。だが本作品にはカトリックで歌うグレゴリオ聖歌も収録した。また、最後はオルガニストの早川幸子の助言により曲順を教会暦順に並べることで完成に至った。季節順に並べてあり所々にどのような季節でも歌われる曲を配置してある。伊藤はこうした協力への感謝の念を表しつつ、ここに収録した讃美歌について振返る。

「グレゴリアンチャントはカトリックでは歌いますがプロテスタントはほとんど歌いません。古くからあるので素敵な曲も多いんです。私は“グレゴリオの家”という所で学んだ時に知った曲も今回収録した曲にはありました。実は録音をする時に“讃美歌だけで大丈夫なのかな?”と思っていました。でも家にいつもいらっしゃる方が“讃美歌だけのCDは無いのかしら?”とおっしゃるんですよ。ものすごいタイミングでそういう話が出たのでびっくりしました。どこで流れていても邪魔にならなくて、それでいてなんとなく知っている曲が集まってます。曲順は教会暦順です。教会暦はクリスマスの1ヵ月前ぐらいから始まり、それに合わせてあります。讃美歌は礼拝の最中に歌うだけではなくて、オルガンで演奏だけすることもあります。基本はみんな歌えるようになってるので4声ぐらいの楽譜が多いですね。グレゴリオ聖歌の場合はほとんどは単旋律に伴奏がついているぐらいの感じです。今回は何回も演奏して録音した曲もありました」。


讃美歌を豊かに彩る個性溢れるオルガンたち

この作品の録音ではアメリカ、カナダ、イギリスの3国で製造された3台のリードオルガン、そしてフランス製のハルモニウムが使用されている。楽器ごとに個性が出るリードオルガンだが、それぞれこうした楽器は年代や作曲された国などにあわせて自然と選ばれていった。この作品にはオルガンの違いによる響きの違いもその魅力として収録している。またオルガンが日本に入ってくる歴史も興味深い。

「リードオルガンは1860年代に外国で生まれたものです。リードの並びに境目があるのですが、海外製のものはドとシで別れておらずミとファで分かれています。日本製のものはドとシで分かれているものが多いんですが、音楽的にはドとシよりもっと下の方で別れたほうが使いやすい。ハルモニウムもミとファで切れていますし。どうしても“ラシード”というようなメロディーが多いのですが、そういう場合もミとファで分かれている方が綺麗に出ます。最初に日本でリードオルガンを作ったのは西川虎吉(西川楽器)です。そこの初期のものはミとファで分かれています。その後、ヤマハさんが作り始めたときにはドとシで分かれています。切れ目だけでなくて、オルガンはCスケールのものとFのスケールのものと2種類あり海外製のものはFスケールのものが多いです。今回録音に使ったのはイギリス、カナダ、アメリカのオルガン。音がとても柔らかい質感があります。海外ものと国産物ではやはり音も違いますし、共鳴板の木材もリードも少しずつ違います。でもリードオルガンは不思議なもので“こういう音が出て!”と思えば言うことを聞いてくれる感じがあります(笑)」。

今回の録音で使われたリードオルガン

今回の録音で使われたリードオルガン/ハルモニウム
左よりMalcolm(英)、Bell(加)、Estey(米)、Kasriel(仏)

リードオルガンには音色を変えるストップ、その一つに音を揺らすチェレステがある。こうした音色選びはどのように選択したのだろうか。

「オルガンをそのままの音で出すとまっすぐでぶっきらぼうな音になってしまいます。そこにチェレステを加えることでほんのちょっとだけずれた音が重なり、モヤがかかった幻想的なふっくらした雰囲気になります。あと、チェレステのかかり方は使用するリードオルガンによっても変わるし、合わせるストップの違いによっても揺れ具合が変わります。そこは曲に合わせて選びました。まっすぐの音でやるより少し震わせせた方が柔らかくなるのでよく使いますが、下の音とのバランスもあるので入れたり入れなかったりはします。弾いていて気持ちよく心地よくなるんですよね、チェレステを入れると。まっすぐピーンと弾くと笙のような感覚があってそれはそれで気持ちがいいんですけどね。もう一つは自分がどうやって弾きたいかということも選ぶ時には大事ですね」。

チェレステの意味は天の声を指しているのだという。

「チェレステの意味は“天の声”なので天上の世界の歌。なのでふわっとしています。震えるというのはそういうイメージですね。ストップは例えばリードオルガンでのフルートと言うのはオクターブ高い音です。あとヴィオラと書いてあるのも高い音なんです。こうした名前はオルガンによって違う名前がついていたりしますね」。

ストップ

丸いノブがストップ


リードオルガンの未来は――

現在は国内の楽器メーカーでは新しいリードオルガンの製造を行なってはいない。後継者となる演奏家やリペアする職人をどう育成していくか。そうした課題へも夫妻で熱心に取組んでいる。

「私が教えている中で期待できそうなオルガニストもいて、育ってくれるとうれしいですね。若い人にどんどん伝えていきたいなと思っています。教会ではまだ“リードオルガンで奏楽しなくちゃ”という人もいらっしゃいます。そこから入ってもいい。リードオルガンをわざわざ習う人はそんなに多くはありません。演奏でも修理でも、若い人をもっと育てていかないといけませんね。どんなことでもそうですが“その仕事がやりがいがあって面白い、やってみたい”とならないと裾野は広がっていかないですよね。このアルバムも自分のCDだからということももちろんありますが、それを置いてもリードオルガンをもっと知ってもらいたいという気持ちでいっぱいです」。

現在、修理者の育成に力を注ぐ夫の伊藤信夫、そして演奏家の育成にも努める『Reed Organ Hymns』の主役となった伊藤園子はこの魅力的な楽器の普及に努めている。そして百聞は一見にしかず。ぜひリードオルガンと讃美歌の、美しく、素朴で、どこか古い記憶を呼び覚ますような世界を、多くの人に体験してみて欲しい。

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伊藤園子 Sonoko Ito

武蔵野音楽大学卒、キリスト教音楽学校、聖グレゴリオの家教会音楽科卒業。リードオルガンを大中寅二に、パイプオルガンを河野和雄、岩崎真実子、早島万紀子に師事。リードオルガンホームドクターとして、夫・伊藤信夫と共にリードオルガンの修理、相談にも携わり、講習会・演奏会を通してリードオルガンの素晴らしさ・正しい奏法を伝えることに力を注いでいる。キリスト教音楽院リードオルガン科講師・奏楽者の会リードオルガンクラス講師、日本リードオルガン協会、オルガン研究会会員。日本バプテストキリスト教目白ヶ丘教会オルガニスト。

鈴木りゅうた

札幌市出身。自身も音楽活動をしながら、2002年頃から様々な媒体で執筆。ジャズ専門誌「Jazz Japan」の年間アワード選考委員も務める。音楽評論を擬似音楽体験に出来ないか模索中。