演奏者インタビュー (1/2)

伊藤園子(リードオルガン奏者)

text by 鈴木りゅうた

リードオルガンは鍵盤や音色ごとにリード(振動片)を備えた鍵盤楽器だ。以前は多くの小学校の教室にあった馴染み深い楽器だった。ポンプを足のペダルで踏むことで真空になった袋が吸い込む吸気でリードを振るわせて鳴らす。現在も多くの教会等では使用されている。

このリードオルガンの魅力を伝える讃美歌/聖歌集『Reed Organ Hymns』でリードオルガンを美しくかつ素朴な音色で奏でているのが伊藤園子である。この楽器を美しく鳴らすことにおいては“この人あり”と言われる名手だ。彼女は現在も演奏家、そして指導者としてリードオルガンの普及に努めている。


日本リードオルガンの父・大中寅ニとの出会い

伊藤の演奏家としてのルーツに太くあるのが日本でのリードオルガン普及に努めた大中寅ニだ。その指導は大中が亡くなる直前まで続いた。大中寅ニの人生はリードオルガン日本史とも言えるだろう。

「大中先生はとにかくレガートで弾くことに対してすごく指導していらっしゃいました。それはもううるさいくらいにみっちり教えこまれました。リードオルガンは絶対にレガートで弾く必要があるんですよ。ピアノやパイプオルガンとそこは違います。“笛だから吹いて穴を変えるだけだ”と思っているとうまくいきません。大事な音は絶対にレガートで弾くこと。同じオルガンと名がついてもパイプオルガンはバロック奏法とよばれる奏法があり、鍵盤それぞれを離して弾いていきます。時代が進んでいくとそこも変わっていきますけれども。リードオルガンは鍵盤を離すと鳴らなくなって切れてしまいます。だから特にメロディラインは絶対に鍵盤から指を離さないで弾かなければいけません。大中先生から習った時の楽譜を見るといろんなことが書いてあります。そうしたレガート奏法がすごく難しい。ピアノにはないやり方です」。

大中寅ニの人物像を最後の高弟ともいえる伊藤はこう振返る。

「大中先生は霊南坂教会のすぐそばに住んでいらっしゃいました。楽譜が山積みになっていてその中で生活していて、そういう生活が当たり前と言うような感じにいつもニコニコしていました。本当に飾らない方でしたね。私が大中先生にご指導していただけたことはとても幸運でした。リードオルガンの演奏については本当にとても厳しかったんですよ。でも冗談もよく言う方でしたね。私はレッスンで教える時はぜんぜん厳しくありませんが、レガートについては大中先生に倣ってすごくうるさく言います。大中先生が亡くなる直前まで私はご指導を受けていました。はっきり覚えていませんが大体20年間ほど指導を受けたのかなと思います」。

大中寅二

大中寅二(1896-1982)

大中は徹底的にリードオルガンにこだわった人生を送ったという。

「霊南坂教会でみんながパイプオルガンを入れたいと言っていたけれど先生が“絶対ダメ”と言ってましたね。ずっとリードオルガンを弾いていました。結局、今は教会の大きさに合わせてパイプオルガンが入っています」。

また大中は直感でリードオルガンの構造を捉えていたようだ。「演奏家として弾くことで得た感覚ではないか」と語る伊藤。そうしたことから得たリードオルガンならではの必要な技術が伊藤にも伝授されている。

「指を変える時も目立たない音から変えていくと言うことを学びました。同時に全部変えてしまうと目立つんですよ。ペダルの踏み方についてもすごくうるさかったですね。いつも早くなるとバタバタと踏んでしまう人が多い。でもいつも同じストロークで深く踏み込むようにしないと音色も変わってしまいますし、ちゃんと踏めてないと同じ音量でも音に伸びがなくなってしまいます。ペダルの軸も歪んでしまいます。大中先生はオルガンの構造を知っていたわけではなく、勘でそういうことに気づいていたようです」。


オルガンの仕組みを知ることでさらに深まった奏法

伊藤園子の演奏を一歩先へと進めたのは夫の信夫と共に修理をしていることも大きい。メンテナンスによる楽器の変化、構造の把握は豊かな音色を支える背景の一つといえる。

「分解してみるとよくわかると思いますが、あまり細かく踏むとポンプが無駄になってしまいますよね。そして深く踏んだ方が効率がいいし、揺れない。私はオルガンの構造を知ってから弾くのが凄く楽になりました。リードオルガンは空気が吸い込まれて音が出ているということを知らない人の方が多い。構造を知ることでオルガンが今どんな状態で音が出ているか想像できるようになった。構造を知っている事はとっても大事なことなのではないかなと思います」。

工房

工房の様子。部品から自作することも少なくない。

修理を待つリードオルガン

分解修理中のリードオルガン


オルガニストにとっての讃美歌

この作品での演奏でもわかるように伊藤の演奏は、まるで歌うようだ。その理由について聞くと答えはシンプルに「実際に歌っていますから」と返ってきた。

「讃美歌の場合は心の中で歌っています。そうじゃないと伴奏した時に歌う人が歌いにくい。歌いやすさについては夫が割と細かく私に指摘します。教会で弾いていると“今のはちょっと歌いにくい”などと言われます。それでだいぶ鍛えられました(笑)。歌詞も歌いながら弾いています。言葉が違う時はそういうところも気をつけて弾かないと歌いにくくなるんですよ。讃美歌の伴奏がちゃんとできるようになったらオルガニストとして一人前かなと思います。“讃美歌が歌いやすい”と言われるとリードオルガンを弾いていて1番うれしいですね。讃美歌は“正しければいい”という世界とは少し違う世界。歌ってない人が一生懸命弾くとどうしても集中して音を弾いてしまいます。そうすると息遣いが違うので歌いにくい。オルガンを弾く音には言葉がなくても讃美歌を歌うように弾くことが必要です。曲自体もメトロノームのように刻んだリズムでは成り立っていません。もちろん収まるところには収まっていないと気持ち悪くなりますけど」。

リードオルガンは特質上、同じタイミングで鍵盤を抑えても出てくるタイミングが高い音と低い音で異なる。低い音は少し遅れて出てくる。これに対してどう対応するのか尋ねるとオルガンとの一体感を感じるような返答が返ってきた。

「もう“一緒に鳴っててくださいね”とオルガンに言うしかないですね(笑)。リードオルガンはどうやっても発音が悪い。だから“一緒に鳴ってるぞ”と思って弾く。ずれてると思って弾くとずれてしまう。意識して、しかも“一緒に鳴る”と思っていないとうまく行きません。こちらがどう弾くのか意識を持って弾くことが大事なのかもしれません」。

その2に続く

other dialogues

伊藤園子 Sonoko Ito

武蔵野音楽大学卒、キリスト教音楽学校、聖グレゴリオの家教会音楽科卒業。リードオルガンを大中寅二に、パイプオルガンを河野和雄、岩崎真実子、早島万紀子に師事。リードオルガンホームドクターとして、夫・伊藤信夫と共にリードオルガンの修理、相談にも携わり、講習会・演奏会を通してリードオルガンの素晴らしさ・正しい奏法を伝えることに力を注いでいる。キリスト教音楽院リードオルガン科講師・奏楽者の会リードオルガンクラス講師、日本リードオルガン協会、オルガン研究会会員。日本バプテストキリスト教目白ヶ丘教会オルガニスト。

鈴木りゅうた

札幌市出身。自身も音楽活動をしながら、2002年頃から様々な媒体で執筆。ジャズ専門誌「Jazz Japan」の年間アワード選考委員も務める。音楽評論を擬似音楽体験に出来ないか模索中。